日本茶の歴史と矢野園

805 天台宗の祖、最澄が中国から茶の木の種を持ち帰る。
1191 僧 栄西が宋から茶の木の種を再度持ち帰る。友人の明恵に渡り、京都栂尾高山寺に日本最古の茶園を作る。これが宇治茶の起源

この間、ごく限られた上流階級・貴族のみ茶を楽しむことが許されていた。遣唐使の廃止により、茶文化は徐々に廃れていった。

Saicho最澄像

1580
年頃
村田珠光、武野紹鴎、千利休による茶の湯(茶道)が完成する。
1738 日本茶発祥の地と言われる京都宇治田原にて、永谷宗円により「青製煎茶製法」が編み出された。

茶文化は武士たちの社交に利用され、嗜好品として広まっていった。限られた武将のみが茶会の開催を認められるほどに発展した。

Rikyu千利休像

1836 初代、矢野源三良により矢野園が設立される

1900-20
三代目、矢野芳造が全国の優良茶舗に販路拡張し、戦前の博覧会等にて褒章の名誉を賜り中興の祖となる。
1949 四代目、矢野宗太郎が法人組織として株式会社矢野園を設立。この頃全国製茶品評会において農林大臣賞の栄誉を数多く受賞。
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