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  • 矢野園のメッセージタイトルCOOK 2

    (05/06)

    シリーズ ~COOK2~

    梅干と鰹のたたき茶漬け 

    もうすぐ旬を迎える初鰹のたたき。 これを酒と醤油に漬けて梅茶漬けに。

    tataki.jpg   [用意するもの]

    ●煎茶または玄米茶
    ●ご飯150g(1人前)
    ●鰹のたたき(3切れ)
    ●醤油(適量)
    ●料理酒(小さじ1杯)
    ●一味または七味とうがらし(少量)
    ●青ねぎ(少量)
    ●梅干(1粒)

    [作り方]
    ① 適量の醤油に小さじ1杯の料理酒を加えます。
    ② 酒醤油に一味または七味とうがらしを軽くふりかけます。
    ③ 鰹のたたきを酒醤油に漬け、その間に青ねぎをきざんでおきます。
    ④ 漬かった鰹のたたきをご飯の上にのせます。
    ⑤ その上に青ねぎと梅干をのせ、お茶をかければ完成です。

    ※梅干はくずしておくと、よりおいしくいただけます。
     青ねぎで鰹の臭みが消え、梅の風味も爽やかです。
     梅と鰹のコラボレーションをぜひ。






    矢野園のメッセージタイトルTREND 2

    (05/06)

    シリーズ ~TREND2~ 

    「茶香炉」でヒーリング

     アロマテラピーという言葉を耳にした人も多いはず。アロマテラピーとは花や木など植物由来の芳香成分を使って、心身の健康や美容を増進する技術もしくは行為のことを指します。
     こうした静かなアロマブームの中で、お茶を使った香炉が密かな人気を集めています。お茶の香りは精神を落ち着かせる効果があることで知られています。この「茶香炉」は茶葉を香炉の上に乗せ、下からろうそくの火で加熱するだけ。ほんのりやさしいお茶の香りが部屋中に広がり、心身をリラックスさせてくれます。茶葉には消臭効果もあり、梅雨の時期やタバコ、ペットの臭いがこもっているときなどにも最適です。tyakouro.jpg
     古くなった茶葉を使ったり、茶殻を使って二度楽しんでみたりも可能というエコなところも人気のようです。陶器店などでは安いもので1,000円前後、高級品は2万円程度。種類も豊富で、電気式茶香炉もあり、おしゃれなインテリアとしてもおすすめです。

     茶の香りは日本人にとって馴染みぶかいもの。自宅で茶の香りが漂ってくると「ほっ」とするのは日本人共通の感覚かもしれません。






    矢野園のメッセージタイトルBOOK 2

    (05/06)

    シリーズ ~BOOK2~

    book21.jpg 『本のお茶』

     お茶に込められた日本文化と美意識を見直すための1冊をご紹介します。

    『本のお茶』(角川書店刊)は、明治39年(1906)に刊行された岡倉天心著「The Book of Tea」を現代語訳とイメージビジュアルで蘇らせた本です。

    原書は日本国内において西洋化が急速に進んだ時期に英語で書かれ、ニューヨークにおいて2か国語で出版されました。

    日本的な様式美を世界に紹介する上で重要な役割を果たした1冊です。

    本書は岡倉天心の考える茶の心をエッセンスだけ取り出して意訳。教養書、茶道書として扱われがちな「The Book of Tea」を現代の日本人が手に取りやすいよう、美しい編集でまとめてあります。






    矢野園のメッセージタイトル茶どころインタビュー『京都府相楽郡和束町・西山さん』

    (05/01)

    和束町白栖共同製茶組合 西山 勝行 組合長

     

    nisiyamasan1.jpg

    和束町白栖で香り高い宇治煎茶を

    共同で生産しておられる

    共同製茶組合長が西山勝行さんです

    生産家としてのこだわりや苦労、抱負などについて

    語っていただきました

     


     ■京都府相楽郡和束町 和束町は鷲峰山を挟み、宇治田原町の南側に接する町です。京都屈指の茶どころであり、鎌倉時代、慈心上人が鷲峰山でお茶の栽培を始めたのがルーツとされています。とくに香り高い煎茶が有名で、現在は宇治煎茶生産量の約4割を占めています。また、碾茶は日本で1、2を競う生産量です

      ■土と霧と人の技が育む煎茶の旨み

     製茶の機械を共同購入し、運営しているのが和束町白栖共同製茶組合です。平成5年度の設立で、蒸しから乾燥まで、コンピュータ制御で行われるFA型工場を保有しています。koujyou.jpg
     「正組合員5名、準組合員15名としてスタートしました。これくらいの規模の工場を造るには、組合全体で20haの茶園を有していることが条件だったのです。しかし、生産者の高齢化もあり、15年が過ぎた現在は正・準合わせて15名の組合になっています」。
     組合員は自園を持ち、摘んだ茶葉はこの工場で荒茶に加工して袋詰めされ、矢野園をはじめとする問屋に運ばれます。
     和束町の茶園は山の合間にあり、煎茶を中心に、玉露、かぶせ茶、碾茶、番茶などが生産されています。とりわけ煎茶の香り、味わいは全国的に有名。それを表すように荒茶の平均単価もキロ当たり例年4,000円弱と、かなりの高値が付けられています。
     「川が流れる盆地であること、霧が立ちやすいこと、寒暖差の激しい気候であることなどが美味しいお茶のできる条件とされています。和束もまさにそのとおり。春には和束川から霧が立ち、お茶の旨みをじっくりと育んでいるのではないでしょうか。土も日本では珍しく、少し移動したら地質が異なっています。水はけの良さはもちろん、こうした地質の変化もお茶の旨みに関係しているのかもしれません」。

    ■自然の循環を大切にするエコファーム

     正組合員6名のうち、西山さんを含む3名が「エコファーマー」に認定されています。エコファーマーとは農林水産省が平成11年に制定した制度で、この地域ではNPO法人「わづか有機栽培茶業研究会」が中心になってエコファームに取り組んでいます。
     「基本は土作りです。即効性ではなく、肥効調節型肥料をどう計画的に使うかが問われます。お茶の旨みを増すには有機質肥料を多くし、アミノ酸を増やすことが第一ですが、和束では以前から有機質肥料を使っていて、それほど難しいハードルではありませんでした。ただ、消毒が頻繁にできないという点では少し苦労しました」。tyabatake.jpg
     茶樹に集まる害虫がいて、その害虫の天敵もいます。天敵まで駆除すれば、生態系のバランスが崩れてしまいます。
     日本では無農薬イコール安全というイメージがありますが、化学農薬、化学肥料は人体に害を及ぼさない基準を農水省が設定しています。ですから、必ずしもイコールではないというのが西山さんの考えです。これを遵守するため、京都の生産家は5、6年前から率先して、どのような薬剤、肥料を何回使ったかを記録し、二次加工の問屋に申告するといった取り決めが約束ごとになっています。

    ■あらゆる自然がお茶の味わいに関係

     「毎年同じ場所で、同じ肥料を与えていても、一度として同じ味わいのものができません。それがお茶作りの難しさです。気候や土、水などさまざまな要素が絡んできます。工業製品なら同じ規格のものを作るのも容易なんでしょうが、農業にそれはありません。だから苦労もしますし、逆に予想外の喜びもあります。いずれにせよ、宇治煎茶の4割を和束が担っているという誇りは強く感じています」。
     最後にこれからの抱負をお聞きしました。
     「これは私個人の抱負ですが、息子が農業を継いで3年目になります。和束の茶作りのいろんなノウハウを教え、茶園の規模ももう少し広げていけたらと考えています」。
     800年以上の歴史をもつ和束茶。その風土や先人の工夫が若い世代に受け継がれていく。農業と宇治茶の発展において、大いに期待したいことです。


    ※写真説明

       1:組合長でありエコファーマーの西山勝行さん

       2:オートメーション化された工場内和束町白栖共同製茶組合の製茶工場

     3:急な斜面で栽培される和束のお茶






    矢野園のメッセージタイトル宇治茶タイムトラベル『天下一の煎茶を届けた永谷宗円』

    (05/01)

    江戸に天下一の煎茶を届けた永谷宗円

     湯呑みを片手に宇治茶の時空の旅へとまいりませんか?
     今回は宇治煎茶の祖といわれる永谷宗円についてご紹介します。
     15年の歳月をかけて、独自の製茶法を生み出した宗円。
     点てた茶の香り、味、水色の素晴らしさに江戸庶民が驚嘆したといいます。


    そこのけそこのけ茶壺が通る

       江戸時代に行われていた御茶壺道中をご存知でしょうか? これは新茶の時期、徳川将軍が服するためのお茶を運ぶため、江戸と宇治を茶壺を抱えた一行が往復するという道中です。
     慶長18年(1613)、江戸幕府が最高級宇治茶を見立てる「宇治採茶師」を派遣したのがこの慣わしの始まりです。徒歩頭、茶道頭、茶道衆のほか茶壺の警備の役人など、多いときには1000人を超える大行列となったそうです。
      将軍家伝来の100個前後の茶壺に最高級の碾茶を詰め、往路は東海道を、復路は中山道・甲州街道を通りました。甲州街道を通った行列は甲斐国谷村(現・都留市)の勝山城の茶壺蔵に茶壺を納め、富士山の冷気にあてて熟成してから、江戸に運んだといわれています。
      この御茶壺道中は当時たいへん権威のある行列で、大名行列と相対しても道を譲るのは大名の方でした。


    常識をくつがえした青製煎茶製法 

     京都宇治田原郷、山あいの湯屋谷村という小さな集落で製茶に携わる宗七郎義弘という人物がいました。
      御茶壺道中でもわかるように。当時、高級な碾茶栽培(覆い下栽培)は、宇治の特定の御茶師しか生産を許可されていませんでした。
      こうした現状を憂いた宗七郎は、許可を必要としない露天栽培で美味しいお茶は作れないものだろうかと考えました。それは常識をくつがえす試みであり、周囲の嘲笑の中での試行錯誤でした。
      しかし元文3年(1738)、15年もの歳月をかけて茶の新しい製法を宗七郎は確立しました。それは従来、釜炒工程やムシロの上で行っていた粗雑な揉捻作業を、露天栽培したやわらかい新芽だけを使い、蒸してから焙炉上の助炭の上で手揉みし、乾燥させるという方法です。
     茶葉が青みがかったままに仕上がることから「青製煎茶製法」と名づけられました。


    天下一といわれた宇治煎茶 
     さて、ときの将軍は八代・吉宗公。米の値段にまで気を配ったことでしられる名君です。質素倹約を旨とする吉宗は、御茶壺道中にも倹約令を発します。収益を独占していた宇治の御茶師にとっては大きな痛手だったと思われます。
     そうした中、宗七郎は新たな販路を設けようと、開発した煎茶を携え、江戸の町へと赴きます
     江戸に到着した宗七郎は、煎茶を茶商へ売り歩きましたが、だれも買い入れようとはしません。当時、宇治茶はお上のものという意識が強く、また、見慣れない色と形状の茶葉を警戒したのかもしれません。
     失意の宗七郎は、最後に日本橋の茶商『山本屋』を訪れました。当主は四代目の山本嘉兵衛です。ここも門前払いかとあきらめかけていたところ、宗七郎持参のお茶を手代に入れさせ、一服。「なんと。色沢、香気ともにすぐれた煎茶じゃ!」と嘉兵衛は高く評価し、鵜入を約束。いざ商いを始めてみると江戸町民から熱狂的な支持を集めました
     宇治に戻った宗七郎はこの製法によって作った煎茶で莫大な財を成します。しかし、収益の多くは茶園などの公共整備事業にあてられ、地元に還元したそうです。
     宗七郎は後に出家して、永谷宗円と名乗り、宇治田原郷湯屋谷村で98年の生涯を閉じます。
     永谷家代々が暮らした生家は今も残り、茶業を営む人々の心のよりどころとなっています。また、隣接する茶宗明神社は村人が宗円の偉業を讃えて建立した社です。






    矢野園のメッセージタイトルエッセイ『お茶がもたらす珠玉の一滴』

    (04/15)

    シリーズ ~お茶のある風景2~

    『お茶がもたらす珠玉の一滴』

    私の朝は1杯のお茶から始まる。お茶を神棚と両親の霊前に供え、礼拝を済ませた後に自分も熱いお茶を飲む。ただこれだけのことなのにとても清々しい気持ちになる。
     けれども、昔の私は仕事で忙しい日々が続き、毎朝ゆっくりとお茶を飲んだという記憶があまりない。それがここ数年は景気の低迷のせいか、お茶をじっくりと味わえる時間が持てるようになったのである。不況にも時には良い効用があるようだ。
     忙しかった頃はお茶を淹れることを煩わしく思ったものだが、そんな自分が今ではとても恥ずかしい。お茶は健康にいいだけでなく、生活にうるおいを与えてくれる。お茶の香り・旨み・さわやかな色には人の心を癒す不思議な力があるし、お茶を淹れること自体にも深い意味があると思う。
     急須でお茶を飲むには、お湯を沸かし、湯冷ましをかけ、茶葉から旨みが出るのを待つなど、少しばかりの手間がいる。だからこそ、気持ちに余裕が必要だ。心を込めて丁寧に淹れたお茶には、私たちを「なごみ」や「やすらぎ」といったもので包んでくれるオーラのようなものがある。
     もしも、時間をさかのぼって、あの頃に戻れるならば、「忙中閑あり」ではないけれど、essei.jpg忙しい中にも時間をつくり、お茶を楽しむ心のゆとりを持ちたかった。1杯のお茶をじっくりと淹れて、ゆったりとした時間の中で自分という人間を見つめながら味わう。そんな時間の過ごし方が出来ていたら、私の人生や物事に対する考え方も随分と違っていたことだろう。しかし、気づいたときが出発点だ。これからは少し冒険をして、毎日使う茶葉や茶器にもこだわってみたい。小さな贅沢を楽しむうちに大切な何かを発見できたならば、これほど大きな幸せはないのだから。
    お茶の時間がもたらす、豊な人生のための珠玉の一滴を探したいと思う。






    矢野園のメッセージタイトル新しい栄誉

    (04/01)

    矢野園の受賞歴に昨年、新しい栄誉が刻まれました。

    これまで矢野園では昭和62年の農林水産大臣賞受賞をはじめとして、京都府知事賞、大阪府知事賞、通商産業大臣賞など、数々の賞を受賞してきました。農林水産大臣賞は4度目の受賞となります。

    昭和62年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 農林水産大臣賞受賞 

    昭和62年

     大阪優良茶品評会「銀印之部」大阪府知事賞受賞

     平成6年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 農林水産大臣賞受賞

      平成6年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 京都府知事賞受賞

      平成7年

     大阪優良茶品評会 通商産業大臣賞受賞

      平成7年

     大阪優良茶品評会「銀印之部」大阪府知事賞受賞

     平成16年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 農林水産大臣賞受賞

     平成16年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 京都府知事賞受賞

     ★平成21年

     宇治茶品評会「煎茶」の部 農林水産大臣賞受賞

         syoujyou1.jpg

    これらの栄誉は宇治茶伝統の技と最新設備により、優秀な茶づくりが評価された証と自負しています。

     緑茶発祥の地・宇治田原にて、矢野園は天保7年に創業しました。つねに最高品質のお茶を目指し、170年余りにわたって精進を続けております。茶づくりに適した宇治田原の自然風土を愛し、生産農家が丹精込めて育てた厳選茶葉にこだわってきました。茶業の専門家として、長年の経験と技術をもとに、新しい設備、新しい衛生管理システムを導入。どなた様にも安心してお喜びいただける銘茶の生産に努めております。

     このように初代矢野宗太郎、二代芳造、三代宗太郎と代を重ねながら、宇治茶の発展・振興に邁進している矢野園ですが、その社訓には「節約を旨とし、奢侈に流れることなく華美な言葉・虚栄心に依り、他人の真似事をしないよう慎む事。但し、吝嗇に陥らないよう注意すべし」とあります。
     今回の最高の栄誉にも奢ることなく、宇治茶づくりの伝統を守りながら、一歩ずつ堅実に歩んでまいる所存でございます。

     






    矢野園のメッセージタイトル宇治田原の玄関口に、大規模茶園 完成

    (04/01)

    chaen2.jpg

    宇治田原町の玄関口に、府内最大級の集団茶園がついに完成しました

    2010年3月20日には「宇治田原大茶園ふれあい見学会」が同集団茶園で行われ、約15ヘクタールと広がる茶園のお披露目がされました。また同茶園の名称『宇治田原 宗円の郷』が発表され、永谷宗円翁の郷・日本緑茶発祥の地である宇治田原の益々の茶業の発展を願いました。

    この茶園には「鳳春」など6種類の苗木30万本が植えられ、初摘みは平成27年春頃の予定です。宇治田原町へ入ると目の前に広がるこの景色が、青々とした新芽で彩られる日が楽しみです。


    宇治田原町の「茶」に関する試み
    緑茶発祥の地である宇治田原町は集団茶園をはじめとし、茶に関する様々な事業を行っています。茶文化を次世代に伝え、お茶のふるさととして宇治田原をより多くの人に知っていただこうと発信しています。

    ・集団茶園整備事業   大型機械の導入、組織的経営への移行等により茶業経営の大改革を推進し、 茶業の更なる発展と後継者の育成
    ・茶の苗プレゼント事業  新しく本町住民になった方、世帯転入者へお茶の苗プレゼント
     ・永谷宗圓 『茶文化賞』  茶祖・永谷宗圓翁を輩出した「日本緑茶発祥の地」である宇治田原町を全国に発信する一環として、宇治田原町の自然や歴史、お茶に関する俳句等を募集・発信
    ・「子ども総合育成講座」開設  茶園育成、茶摘み体験、茶の入れ方・飲み方等について小・中学校を通じて総合的に学習する講座を設ける
     ・修学旅行生茶摘み体験学習招致  全国から京都府を訪れる修学旅行生等を受け入れ、茶摘みの実地体験を行ってもらう

    (宇治田原町HP参照 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/






    矢野園のメッセージタイトル緑茶の王様と呼ばれる宇治発祥の茶葉、玉露

    (03/19)

    煎茶考案の100年後に生まれた最高級の緑茶

    gyokuro.jpg

    緑茶の中で最も高級な茶葉とされる玉露。ふわっとした香りと独特の深い甘みは、他の茶葉にはない優雅な味わいで緑茶の王様とよばれています。
    発祥の地は煎茶と同じ京都宇治。煎茶は元文3年(1738)に宇治田原の茶農・永谷宗円が考案し、江戸の茶商・山本嘉兵衛に販売を託したことから広まりましたが、その約100年後の天保6年(1835)、6代目山本嘉兵衛(徳翁)によって玉露は考案されました
    煎茶栽培との違いは、八十八夜といわれる5月2日頃、茶園をヨシズやワラ、あるいは寒冷紗などの化学繊維で20日間ほど覆います。これを被覆栽培といい、直射日光をさえぎることで、緑茶の旨み成分であるテアニン(アミノ酸の一種)を増加させ、とろりとした甘みのある茶葉に育てるのです。このように手間暇かけて栽培されることも、玉露が最高級の緑茶といわれる点でしょう。
    玉露という名前は、6代目山本嘉兵衛が宇治郷小倉の木下家で茶葉を露のように丸く焙ったことによるもので、もとは山本家の商品名であり、これがいつしか茶葉の名前になったというわけです。さらに明治初期には宇治の製茶業者・辻利右衛門が、丸く焙った玉露の茶葉を現在のような棒状にすることに成功。宇治茶といえば玉露を思い浮かべるのは、こうした歴史の重みがあるからです。






    矢野園のメッセージタイトルぬるめの湯でじっくりと淹れることが大切

    (03/19)

     緑茶の旨みは、茶葉に含まれるアミノ酸の一種であるテアニンによるものです

    テアニンは根でつくられてから葉へと移動しますが、直射日光に当たると減少し、逆に光合成によって渋み成分のカテキンが多く生成されるようになります。

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    濃厚な旨み・甘みを特徴とする玉露は、覆いをかけて日光を遮断することにより、旨み成分のテアニン、さらにビタミン類を増加させてものなのです。覆いには化学繊維の寒冷紗が用いられることが多いのですが、稲藁などの自然素材で育てられたものもあり、これを宇治では本玉露と呼んで最高級品としています。
     玉露の旨みを引き出すには、ぬるめの湯で淹れることがポイント。最高級の本玉露は50℃玉露は60℃のお湯じっくりと時間をかけて旨み成分のテアニンを引き出します。逆に熱湯で淹れてしまうと、渋み成分のカテキンが多く引き出されて苦いお茶となり、あの玉露のとろりとした甘みを味わうことができません。玉露は煎茶や番茶とは違って、茶葉の旨みを堪能するものなので、茶碗は40ml程度が入るもので少量のお茶を愉しみます。
     玉露をいただくとゆったりとした気分になるのは、豊富なテアニンがお茶本来のカフェインによる興奮作用を抑制する働きがあるからです。これもまたお茶が持つ自然の妙といえるでしょう。

    ※詳しい淹れ方はこちらをご覧ください http://uji-yanoen.com/?page_id=11