新着情報

  漱石と玉露

国民的な作家で明治の文豪として知られる夏目漱石。「ホトトギス」に発表した『吾輩は猫である』が好評を博し、これをきっかけに作家へと転身したのだが、もとは英語の教師で、東大で英文学を教えたりもした。文部省の命令で英国留学も経験している。だから、当時の人としては珍しく海外生活を知るハイカラな人だったようだ。

例えば、酒が飲めない漱石は甘いものが好きであり、なかでも英国留学中に口にしたビスケットは、ロンドンでの食事が口に合わなかったことから昼食代わりに食べていたほど。帰国後も自室の机の脇には、ビスケットと砂糖をまぶした落花生を常備し、これらを食べながら小説を執筆していたとか。また、アイスクリームも好物の一つで、自宅の裏庭にはアイスクリームの製造機を置いていたいう。

こう書くと漱石は外国のスイーツを好んだように思われるが、実は彼が最も愛した甘味は日本の羊羹だった。それは漱石の初期の名作『草枕』の中に「羊羹の見た目はまさに一個の美術品である」という一節が出てくることからもわかる。漱石の羊羹好きは有名だったらしいが、意外に知られていないのが煎茶道を嗜んでいたこと。

『草枕』は読んだことがなくても、小説の冒頭の「智に働けば角が立つ。情に情に掉させば流される。維持を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」という部分を知る人は多い。この小説の中で漱石は煎茶道を登場させている。主人公が山村の老人に玉露を振る舞われる場面がそれであり、漱石は玉露を次のように絶賛している。「玉露に至っては濃やかなる事、淡水の境を脱して、顎を疲らす程の硬さを知らず。結構な飲料である。」漱石といえば私たちはハイカラな部分に注目しがちだが、煎茶道はもちろんのこと、漢

詩や俳句を創作するなど日本文化をこよなく愛する教養人だった。その卓越した見識が、今に残る多くの名作を生み出したゆえんではないだろうか。

コメントは利用できません。