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煎茶の歴史は宇治田原から始まりました

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 日本茶の消費量の約7割を占める煎茶は、日本人の間で最も人気のあるお茶です。その誕生は今から約270年前のこと。宇治田原で茶農を営む永谷宗円が、碾茶製法を応用した「青製煎茶法」を考案したことに始まります。
 江戸時代、宇治では高級な碾茶栽培は、宇治の特定の御茶師にしか許されず、それ以外の茶農は「煎じ茶」を栽培していました。「煎じ茶」は乾燥した茶葉を煮出したものであり、「煎茶」の名の由来はここからきています。「煎じ茶」は色も赤黒く、味も粗末だったことから、何とかもっと良いお茶を作れないものかと宗円は考えました。
 当時、宇治の庶民の間では、碾茶を製する際に選り分けられる折物(葉脈・葉軸)が煎じて飲まれていました。この煎じ茶には今のような揉捻作業が施されていないため、煮出すのに相当な時間が必要であり、水色も黄色でしたが、甘みと独特の香りを有していたのです。この風味の良さに気づいた宗円は、煎茶に碾茶製法の蒸した後に焙炉で乾燥するという工程の応用を思い立ちます。
元文3年(1738)、宗円は露天栽培の柔らかな新芽だけを摘み取り、蒸してから、助炭(熱源を持つ培炉台)の上で手揉みしながら乾燥させるという製茶法を編み出したのです。宗円はこの新しい製法による煎茶の販売を江戸の茶商・山本嘉兵衛に託します。すると、たちまち評判となり、宇治の煎茶は日本茶の一大ブランドになっていったのです。

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